海外の大学で日本語・日本文学を学ぶ学生の皆さんに、講義する機会が増えてきます。
初めて講義をしたのが、2017年、リュブリャーナ大学文学部アジア研究学科日本研究専攻。リュブリャーナ大学で日本語を学ぶ学生さんたちの様子を偶然テレビで見かけたことがあり、一度訪問したいと思っていました。以前にメールのやりとりをしたことがあるアンドレイ・ベケシュ氏の縁を頼りに、訪問したいという希望を伝えたところ、ベケシュ氏と守時なぎさ氏が、学生の皆さんに講義する機会と作ってくれました。講義の最後には、スロベニアの詩人スレチュコ・コソヴェルの詩の朗読という、思いがけないプレゼントもありました。ただ、学生の皆さんが緊張していたようで、直接に会話することができませんでした。そのころの私は、学生の皆さんの緊張を解きほぐす方法を持っていませんでした。
2023年夏に国際交流基金の日本研究基盤整備プログラムの客員教員としてインド・西ベンガルのビッショ・バロティ(タゴール国際大学)日本語学科に行き、1か月、学部1年生から大学院生までの授業を担当しました。その中で学んだのは、私のほうから、ベンガル地方インドの植物、動物、文学、映画について、また、ある日本語に当たるベンガル語は何かを尋ねると、学生の皆さんと生き生きしたコミュニケーションがとれる、ということでした。「日本のウグイスに当たる鳥は何か」「日本のタチバナのような香りのよい花は何か」と聞くと、学生の皆さんは喜んで答えてくれました。また、日本語の「仕方ない」にあたるベンガル語は何か、と尋ねると、しばらく考えて、このことばでしょう、と教えてくれました。
一方的に、日本の文学や文化を教えるというのではなく、相手の文学や文化に関心を持ち、それを知りたいという姿勢を持つと、学生の皆さんは積極的に話しかけてくれます。私自身も、本やインターネットではわからないことを知る楽しさを感じます。インド滞在中、ベンガル語も少し勉強し始めましたが、学生の皆さんから生きたことばを教えられ、ますますベンガル語への関心も高まりました(今は学習はストップしていますが)。
2024年4月、セルビアのベオグラード大学文献学部東洋学科日本語・日本文学文化専攻を訪問しました。セルビアにおける日本文学の受容と日本研究の歴史に関心を持っており、また、青山学院大学とベオグラード大学で交換留学協定が締結されたので、一度、自分の眼でベオグラードを見、研究者の皆さんと交流する機会を持ちたいと思ったからです。
ダリボル・クリチュコビッチ氏が、学生の皆さんと交流する機会を作ってくれました。今回は、インドでの体験を踏まえ、自己紹介と〈文学交流〉についての説明を記した資料に、「話のタネ」を書き加えました。「話のタネ」は以下の通りです。
【皆さんが私に聞きたい(かもしれない)こと】(*質問しやすいように作った想定質問集)
■いつから、なぜ日本文学を研究しようと思ったのか?
■『万葉集』を始めとする日本文学の面白さは?
■日本文学を研究してきて、今までもっとも心に残ったことは?
■日本文学を研究することは役に立つか? よいことはあるか?
■今まで世界のどのような国に旅行しているか?
■日本文学を学ぶ者への、日本のおすすめの場所は?
■青山学院大学日本文学科には留学生はいるのか?
■交換留学生として青山学院大学に留学したとき、どんな授業が受けられるか?
■交換留学生は日本人と友だちになれるか?
■日本文学のおすすめの本は?
■三島由紀夫の作品はどうでしょうか?(*海外には三島好きが多いのでこの質問)
■日本の若い人たちが中学・高校で読んでいる文学作品は何か?
■日本のポップミュージックのおすすめは?
【私から皆さんに聞きたいこと】
■セルビアの若い人たちが中学・高校で読んでいる文学作品は何でしょうか?
■皆さんの好きなセルビアの文学者や作品を教えてください。
■皆さんが好きな日本の文学、音楽、映画について教えてください。
■セルビアの多くの人たちが好きな花で何でしょうか?
■セルビアの多くの人たちがよく知っている鳥は何でしょうか?
■セルビアのおすすめの絵本を教えてください。
■大学生の皆さんが困ったと思うのはどのようときですか?
■セルビア語の「触れる」додирнутиは英語のtouchと同じ意味でしょうか? 日本語には「触(ふ)れる」と「触(さわ)る」という二つのことばがあります。セルビア語ではどうでしょうか?
■セルビア語の「心」срце(スルツ)と「魂」душа(ドゥシャ)の意味の違いを教えてください。
学生の皆さんからの質問はあまりありませんでした(学生の皆さんが質問する前に、私が答えてしまったものもありました)。しかし、学生の皆さんへの質問には、手を挙げて積極的に答えてくれました。
◇特にセルビアの人が好む花や鳥というものはない。それぞれに好きな花や鳥はあるけれども。(*ラモンドRamond seribica, serbian phenix flowerという紫の美しい花を教えてもらいました)
◇好きな文学はイボ・アンドリッチとミロシュ・ツルニャンスキー(*確かにベオグラードの書店には彼らの本が多数置いてありました)。
◇セルビア語のдодирнутиは、瞬間的に触れることを意味する。
◇「心」срцеは肉体的、「魂」душаは精神的。親切な人のことをдушаとも言う。恋愛に関して言う場合、「心」срцеは恋愛感情を表し、「魂」душаはそれよりもっと深い愛を表す。さらにдуx(ドゥフ)という「魂・霊」を表すことばがある。たとえば春の喜びをдуx пропећ(ドゥフ・プロぺチ)と言う。
とても楽しい会話ができました。〈文学交流〉は「双方向」的でなくてはならないと私は考えています。学生の皆さんとのこうしたやりとりは、まさに〈文学交流〉の第一歩と思います。
なお、冒頭の写真は、『ネズミと呼ばれた猫』というセルビアの絵本の見開きです(その中の「ウォーター・ドラゴン」というお話)。まだセルビア語が読めないのに、絵の美しさに心ひかれて、衝動買いしてしまいました。絵本は、その国、民族の文学・文化への最も魅力的な入り口と私は思っています。では、日本はどうでしょうか。ベオグラード大学の学生の皆さんには、宮澤賢治『銀河鉄道の夜』、新美南吉『ごんぎつね』を紹介しました(ベオグラード大学の学生の皆さんは『銀河鉄道の夜』も『ごんぎつね』も英訳で読んで、知っていました)。
ただ、セルビアでも日本でも、ディズニーのキャラクターのようなタッチで描かれた絵本がかなり増えています。互いの文学・文化に紹介できるような絵本がもっとあってほしいと思強く思いました。
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