2024年4月5日(金)に、セルビアのベオグラード大学文献学部東洋学科日本語・日本文学文化専攻で「『萬葉集』の桜と〈無常感〉について」という講演をしました。
講演後の質問の時間で、ベオグラード大学の学生の皆さんから質問を受けました。その中に「額田王、大伴坂上郎女以外で重要な女性の万葉歌人は誰でしょうか」という質問がありました。額田王と大伴坂上郎女が代表的な女性歌人であることを知った上での質問であったことに感銘を受けましたた。
講演会に来てくださった山崎洋氏(翻訳家)が、講演会後にしてくださったお話で、『万葉集』について学生の皆さんがよく知っているわけが、よくわかりました。山崎氏は、2018年に『万葉集』のセルビア語訳(抄訳)を出版しました。そしてこの本を使って、ベオグラード大学で『万葉集』を講読していたのです。
Hijade Listova, Stotine Cvetova: Izabrane Pesme iz Zabirke Manjošu [数千の葉、数百の花―歌集『万葉集』から選ばれた歌]。100首の歌が選ばれ、歌ごとに翻訳に合わせて丁寧な解説も付けられています。額田王の「熟田津に 船乗りせむと…」(巻1・8)や「あかねさす 紫野行き…」(巻1・20)など、大伴坂上郎女の「来むと言ひも 来ぬ時あるを…」(巻4・527)、「恋ひ恋ひて 逢へる時だに…」(巻4・661)なども収められている。嬉しいことに、大伴旅人の「酒を讃むる歌十三首」(巻3・338~350)も、13首全てが挙がっていて訳が付けられています。長歌、旋頭歌の重要な作品も入っています。
この本で学んでいれば、確かに額田王や大伴坂上郎女以外の女性歌人についても知りたいという心持ちになります。翻訳というものの重要性を改めて強く感じました。また、万葉集研究者も、もっと積極的に翻訳についてアシストしてよいと思いました。
セルビアでは、山崎洋氏を中心に、『古事記』や『竹取物語』の翻訳書も出版されています。さらに驚いたことに、東京大学大学院生であったマテヤ・マティッチさんが、『平家物語覚一本』の全訳を独力で2021年に完成しました。これらには、日本古典文学の翻訳への情熱が感じられます。
こうした素地の上に、日本文学を本格的に知りたいと思っているセルビアの若い人々に、日本文学を伝えることも、日本文学研究者に重要な役割であると思いました。
ちなみに、学生の質問に対して、私は少々慌てて、鏡王女(かがみのおおきみ)、笠女郎(かさのいらつめ)、山口女王(やまぐちのおおきみ)と回答しました。ホテルに戻ってから、紀女郎(きのいらつめ)を忘れていたことに気づきました。紀女郎は『万葉集』のジェンダーを軽々と超えてしまうユニークな歌人です。斉明(皇極)天皇、持統天皇、狭野茅上娘子(さののちがみおとめ)も挙げるべきでした。
『万葉集』には多くの女性歌人が見られます。その活躍ぶりは、平安時代の女房たちに匹敵する、あるいはそれ以上かもしれません。こうした女性歌人たちを、「女性」(”女流歌人”)というジェンダーに閉じ込めてしまわずに、大胆に研究してくれる若い人々がベオグラードから出てくることを期待してやみません。
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